起立性調節障害と鍼灸治療
起立性調節障害とは
起立性調節障害は、主に自律神経機能のトラブルにより、様々な臨床症状を発症します。
起立性調節障害を発病するのは10代の若い世代に多く見られ、男女比としてはやや女性に多い(1:1.5~2)印象です。
起立性調節障害は自律神経機能が上手く働かない為、起立時のめまい(起立性低血圧)や低体温などに加え、胃腸症状を出すこともあります。
症状は起床時が最も強く、時間の経過と共に楽になり、夜は比較的症状が軽くなることが多いようです。
ただ症状が完全に消えることは少ないため、1日中体がだるいなどの症状が出ることも多いようです。
症状は徐々に強くなり、夜間に症状が楽になる傾向があることから、徐々に通学に支障を来たすようになり、やがて通学自体が困難になることがあります。
以前は登校拒否や引きこもりだと思われていた人の中にも、一定数この起立性調節障害の方が含まれると考えられ、様々な多作が試みられています。
現代医療での起立性調節障害対策
1.起立性調節障害に対する理解を深める
起立性調節障害はその症状から、周囲の人には怠け癖だと勘違いされがちで、本人もそのことにより心理的に傷付き、社会と隔絶した生活を送りがちになります。
本人や家族が正しい病態を理解し、周囲にもしっかりと自分の状態を知ってもらうことで、起立性調節障害によって過度のストレスを感じないようにすることが出来ます。
2.非薬物療法(日常生活の工夫)
・座った姿勢や寝た姿勢から立ち上がるときには、頭位を下げてゆっくり起立する。
・長時間経ったままの姿勢を避け、短時間での起立でも足をクロスしたり動かしたりする。
・水分や塩分を少し多めにとる。
・毎日30分程度の歩行を行い、下肢の筋肉によるポンプ作用を鍛える。
・眠くなくても就床が遅くならないように就寝前のスマホやタブレットなどを制限する。
・起床時には部屋が明るくなっているように工夫する。
3.学校との連携、環境調整
学校関係者に起立性調節障害の理解を深めてもらい、子どもの受け入れ態勢を整えて、子どもの心理的ストレスを軽減することが最も重要です。
ご家族の方や学校関係者が起立性調節障害の発症機序を十分に理解し、医療機関―学校との連携を深めて体制を整えることが大切です。
4.薬物療法
自律神経系の投薬が行われますが、薬物療法単独では効果がないとされています。
5.心理療法
起立性調節障害は自律神経が上手く機能しないことで起こりますが、自律神経を支配する脳の視床下部は、ストレスの影響を強く受けるため、必要に応じて心理療法の併用が勧められることがあります。
起立性調節障害が起こりやすい環境とは
起立性調節障害は自律神経系の機能障害が原因ですから、本人のやる気や家族の怠慢が原因というわけではありません。
ただ起立性調節障害が起こりやすい環境というものは確かに存在し、そうした環境がきっかけで起立性調節障害が発症し、徐々に症状が悪化することもあります。
では起立性調節障害が起こりやすい環境とは、一体どのような環境でしょうか?
1.部屋が1日中同じ明るさ
例えば、電気を点けない限り1日中暗い部屋や、逆に1日中明るい部屋などで過ごすと、体内時計が狂いやすいため睡眠障害が起こりやすくなります。
こうした睡眠障害をきっかけにして、起立性調節障害が起こることはよくあります。
そのため、朝の起床時には部屋が明るい状態で、夜の就寝時には部屋が暗くなるような部屋にしておく必要があります。
部屋の位置や自宅の場所が、こうした環境を満たすのが難しいのであれば、ご家族の協力が必要になります。
例えば朝晩の部屋の明るさを、家族が人工的に設定することで、1日のリズムを作り出すのです。
2.親子の対話が出来ていないと長引きやすい
起立性調節障害は、子供にやる気がないとか親が甘いという問題ではなく、自律神経機能の失調が原因です。
ただその一方で、親の対応の仕方によって、回復までの時間が大きく違うというのも事実です。
寝る前にスマホを触らせない、無理にでも部屋の明るさを調整する、遅れてでも学校に行くようにするのかなどは、しっかり親子で話し合って決めておく必要があります。
「学校なんて行かなくていいんだよ。」
と子どもに言うことは簡単ですが、お子さんが行きたくても学校に行けないのか、実はあまり行きたくないのか、行く必要が無いと考えているのかについてもしっかりと把握して下さい。
上にもあるように、自律神経系の乱れはストレスが原因のこともあります。
学校での人間関係や、思春期独特の揺れ動く感情など、親では理解出来ないことも多々ありますが、少なくとも体調不良に関しては回復するようにご協力下さい。
起立性調節障害の鍼灸治療
症例としてはそう多くはありませんが、当院で扱った起立性調節障害では全例で学校への早期復帰を果たしました。
これは親御さんが元々通院患者さんであったことや、比較的早期に来院してくれたことも大きな理由でしょう。
では鍼灸治療が、どのような症状に、なぜ効果的に働いたのか、その方法などをご説明しましょう。
鍼灸治療は自律神経に働く
鍼灸治療は、古くから自律神経系の乱れに効果があるとされています。
例えば手足の冷えや胃腸の弱り、動悸やめまいなど、自律神経が調節しているような機能を整える働きが認められます。
自律神経は、脳の視床下部という部分が支配しており、視床で受けた情報を元に、体を常に一定に保つように働きます。
視床という部位は、感覚情報を全身の感覚器から受け取り、その情報を視床下部に伝えます。
視床下部はその情報を元にして、ホルモン分泌を調節したり、自律神経を調節することで、全身の恒常性を保っています。
鍼灸治療は刺激療法の一種ですので、鍼灸によって体に与えられた鍼灸刺激は、他の刺激と同様に、視床を通して視床下部に伝わります。
この時に、どういったツボを使うかによって、どのように視床下部に働くかが決まるようです。
例えば、副交感神経を優位にして毛細血管を開き、冷え症状を軽減したり、逆に交感神経を優位にして毛細血管を細くすることで、粘膜の腫れを抑えたりすることが出来ます。
こうした働きを、鍼を刺すツボを変えたり、鍼の太さや刺す深さを変えることで調整しています。
また投薬と違い、刺し方や使うツボを変えることで、場所によって交感神経や副交感神経を別々に調整することも出来ます。
自律神経は全身が統一して働くわけでなく、場所によって逆の働きをすることもあるため、鍼灸治療はそうした症状にも効果的に働きます。
症状を先に消すことで治療が早く進む
鍼灸治療は全身治療だと言われますが、対症療法としても非常に高い臨床効果を発揮します。
対症療法として局所治療に使った時の鍼灸治療は、非常に効果の発現が早く、瞬時に症状を抑える働きがあります。
例えば、起立性調節障害の子どもよく見られる吐き気やめまいなども、非常に変化が早い症状の一つです。
こうして症状を一つずつ消していくことで、全体としての治療効果が挙がりやすいなり、起立性調節障害の早期回復を目指すことが出来ます。
根本的に治ったわけではありませんので、症状は一定期間再発を繰り返しますが、症状が変化することで日常生活が送りやすくなり、徐々に自身も出てくるようになります。
実際の鍼灸治療
実際の鍼灸治療では、多彩な起立性調節障害の症状に対する対症療法と、自律神経の中枢である視床下部に対する本質的な施術を行います。
症状により使うツボも変化しますが、めまいや冷えなどには手足のツボを使うことが多く、吐き気などには腹部や背部のツボを使うこともあります。
症状の強さやお子さんの体力によりますが、あまり多くの鍼を刺すことはありません。
特に敏感なお子さんの場合には、眼科鍼灸に使用する極細の短鍼(長さ15mm太さ0.1mm)を使用して施術をします。
また胃腸症状が強いお子さんには、温灸(参照)を用いた施術をして出来るだけリラックスした状態で受けて頂きます。
最後に
起立性調節障害は、一つの原因で起こる疾患とは違い、複数の要因が同時に絡み合うように発病し、しかも思春期という多感な時期と重なって起こります。
そのため親も及び腰になることが多く、治療をどのように進めるのか悩みがちです。
子どもを精神科に通わせて良いものか、薬を飲ませていいものか、それなら漢方薬が良いのかなど、頭を悩ませる方も多いはずです。
そうした選び難い選択肢の中に、更に鍼灸治療を入れても良いものかと思うかもしれませんが、敢えて選択肢の一つに加えて頂きたいのは、それだけの理由があるからです。
日常生活の改善、そして親子の対話がしっかり出来た上で、プラスαの早期回復を目指すなら、ぜひ鍼灸治療を受けて頂きたいと思います。