多嚢胞性卵巣症候群の詳細情報と鍼灸治療のお話
多嚢胞性卵巣症候群の方は非常に多い
排卵障害の中でも、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状を持つ方は非常に多く、その症状も人によりかなり重症度に違いがあります。
そのため、全く排卵出来ずに無月経になってしまう方から、ストレスや体調不良の時だけ排卵が制限され、一時的な生理不順となる方まで、症状にもかなりの幅があります。
軽症も含めると、何らかの理由で多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状がある方は、月経のある全女性の、約2割程度はいるのではないかという統計があります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の特徴は、卵巣内にある卵胞が成長し切れないため、排卵も出来ないまま卵巣内に残ってしまう(多嚢胞性卵巣)ことです。
こうした卵巣内に沢山の卵胞が連なる姿が、まるで真珠の首飾りの様に見えることから、ネックレスサインと呼ばれます。
本来卵胞は、年齢や状況に応じて、複数個が一度に成長を始め、最終的には1~2個だけが排卵に向けて成熟していきます。
ところが多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方では、様々な理由から卵胞の成長が制限されています。
そこで多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のことを正しく知って頂き、ぜひ妊活のお役に立てて頂ければと思います。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の原因
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、複数の原因から起こる、複雑な排卵障害です。
そのため、どの原因が主たるものかをしっかり判別した上で、適切な治療を選択する必要があります。
では多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の原因には、一体どのようなものがあるのでしょうか?
① ホルモン分泌の乱れ
② 肥満
③ 耐糖能異常
④ ストレス
では順にご説明をさせて頂きます。
①ホルモン分泌の乱れ
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方は、脳の下垂体から分泌されるホルモンのバランスが乱れてしまっていることが分かっています。
月経のある女性の下垂体からは、FSHとLHという2種類のホルモンが分泌されています。
この2種類のホルモンは、卵胞を育てると同時に、2つが連動して働くことで、エストロゲン(卵胞ホルモン)というホルモンを作る働きをしています。
一連の流れとしては、上の図にある通り、LHというホルモンが先にアンドロゲンというホルモンを作り、そのアンドロゲンを材料にして、FSHがエストロゲンを作っています。
この時に、LHの量が多過ぎると、FSHによりアンドロゲンをエストロゲンに変えることが出来なくなってしまいます。
それを見る基準としては、血液検査の数値でLHがFSHを超えない(LH<FSH)ことが一つの基準です。
LHが多過ぎると、卵胞で作られるアンドロゲンが大量に作られてしまい、高アンドロゲン血症という状態になってしまいます。
実はアンドロゲンは男性ホルモンのことですので、女性の体内で男性ホルモンが増えすぎることで、卵胞が育たなくなってしまうのです。
またアンドロゲンが増えすぎると、女性ホルモンであるエストロゲンを作ることも出来ません。
体内のエストロゲンが増えることで排卵が起こりますので、結果的に排卵も起こらないようになってしまいます。
こうした男性ホルモンであるアンドロゲンが増える現象は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の代表的な症状である、ニキビや多毛症、男性化などの原因にもなっています。
② 肥満
肥満が問題になるのは、肥満になる過程に問題があるからです。
肥満傾向の方は皮下脂肪の原因になる、炭水化物(糖質)や脂肪の摂り過ぎの方が多く、そうした方は血液中のインスリンが高い傾向があります。
インスリンは、血液中の余ったブドウ糖を肝臓で中性脂肪に変え、更に血液中の中性脂肪を、皮下にある脂肪細胞に引き込む働きがあるためです。
また血液中のインスリンには、LHの分泌を促す働きもあるようです。
LHがたくさん分泌されてからは、①でご説明した通りです。
③ 耐糖能異常
先ほどの肥満に関しては、食事の不摂生により高血糖や高脂肪となり、その結果インスリンが高くなってしまった方のお話でした。
ところが③の耐糖能異常は、肥満の人だけではなく、痩せている人にも起こり得る症状です。
耐糖能異常は体質的な要素も強く、家系に糖尿病の方がいらっしゃる方や、家系に動脈疾患(動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞)がある方が多いようです。
遺伝的に耐糖能異常を持っている方は、インスリンの働きが鈍いため、インスリンが多く分泌されても、②の肥満傾向の方の様には太りません。※逆に痩せ傾向が強くなります。
ところがインスリン自体は多く分泌されるため、やはりLHの過剰分泌が起こり、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)になってしまうようです。
④ ストレス
ストレスに関しては、心と体のストレスの両方共に、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の原因になり得ます。
心身のストレスは、ホルモン分泌の中枢である視床下部に影響を与えます。
高ストレスの環境下では、筋肉量を増やす働きがあり、敵と戦う準備をするための男性ホルモンの方が、子を残すための女性ホルモンよりも重要です。
そのため、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に限らず、全体的な不妊傾向が高ストレス環境では高まります。
ただし、ごく短期間のストレスは、返って生殖能力を高める働きもありますので、一概にストレスは全てダメなものとは言えないこともあります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の西洋医学的治療
現在のところ、日本国内での多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療の主役は投薬による排卵誘発になります。
特にクロミッド(クロミフェン)を用いた排卵誘発が一般的ですが、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方は、小さい未成熟な卵胞が複数卵巣内に存在するため、排卵誘発には注意が必要です。
こうした小さく未成熟な卵胞が、排卵誘発剤の使用により一斉に大きく成熟すると、排卵数が多くなることで多胎妊娠の確率が高くなります。
多胎妊娠は母子ともに危険を伴いますので、出来るだけ一つの卵胞を育てることが理想的です。
海外では、フェマーラ(レトロゾール)を使用した排卵誘発が一般的ですが、日本国内では保険適応になっていないため、使用しない病院も多いようです。
フェマーラ(レトロゾール)の場合には、卵胞が一つだけ育つという特徴から、多胎妊娠の可能性が低く、また妊娠率自体も高いようです。
体外受精などでは、hmg注射を使用した排卵誘発が一般的ですが、卵胞が複数個育った場合、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)になる危険性があります。
卵巣過剰刺激症候群とは、大きく育った卵胞に大量の血液が流れ込むことで、卵巣から血漿成分が押し出され、腹水となって腹腔内に溜まることです。
血液から水分が大量に奪われることで、血液濃度が高くなり、血栓症を起こしやすくなります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に対する私見
ーここからは一鍼灸師の私見が含まれますー
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、単なる排卵障害ではありません。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、非常に複雑なメカニズムを持つ代謝障害の一種です。
そのため、「排卵さえすれば問題は解決」というわけにはいきません。
原因の項目に合ったように、耐糖能異常の問題は、妊娠中に起こる妊娠糖尿病や、胎児の健康状態にも影響を与えます。
また、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方は、体質的に血液凝固異常を持つことがあります
そのため、排卵誘発をした時に起こる卵巣過剰刺激症候群(OHSS)が重症化しやすく、更に流産もしやすい傾向があります。
更に海外での臨床研究では、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の人に抑うつ傾向が強い人が多いことが分かっています。
ただでさえ精神的に辛い不妊治療にも関わらず、こうした影響が強まると、無事妊娠しても、妊婦のうつ病や産後うつ病にも配慮しなくてはいけません。
当院で多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の鍼灸治療をする際には、そうした多くのトラブルを未然に防ぐために、予め配穴を工夫しています。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に対して鍼灸治療を使う理由は、単にホルモンバランスを整えたり、自律神経を整えることで血流を増やすだけではありません。
鍼灸治療の特徴の一つに、受容器の感受性が高まるというものがあります。
こうした感受性の高まりは、不妊治療で使用される薬剤に対しても起こりますし、体から分泌されるホルモンに対しても起こるようです。
そのため、投薬を使用する際に鍼灸治療を併用すると、投薬量が少なくても効きやすくなりますし、FSHが高くなり過ぎて卵巣が反応しにくくなっても、ある程度の反応はしてくれるようになります。
投薬の使用量が減れば、副作用を起こす確率も下がりますので、治療効果を高めながら副作用が減るという、一石二鳥であると思います。
更に、投薬により起こる卵巣過剰刺激症候群(OHSS)も、鍼灸治療を併用すると起こり難くなるという論文もありますから、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に対する不妊治療との相性は非常に良いと言えます。
東洋医学と多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
東洋医学では、内臓機能(臓腑機能)と精神的な機能を組み合わせて考えるため、心身のトラブルを併せ持つ疾患に対しても対応出来ます。
例えば、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)で起こる複雑な代謝異常や精神症状も、これを東洋医学的に考えると、非常に納得がいくのです。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方に起こる症状は、東洋医学では主に脾と肝の関係性がこじれたことで起こるようです。
脾は「甘味」に関係し、肥満や抑うつ傾向と関係しています。
更に統血(とうけつ)という働きを持ち、血液凝固や血液循環とも関係が深い臓です。
また肝は、子宮や卵巣に経絡が繋がっており、方向性は違いますが、血液凝固や血液循環とも密接です。
また精神作用に強い影響を持ち、肝の働きが弱くなると、鬱々と正にイメージ通りのうつ病に近い症状が出てしまいます。
肝と脾の関係性が乱れることを、「肝脾不和(かんぴふわ)・肝脾不調」と言いますが、肝脾不和に陥ると、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状はどんどん重症化していきます。
その影響は生理不順に留まらず、精神面にも影響を与えてしまい、元から持つ抑うつ傾向に、更に拍車をかけることになります。
但し逆に言えば、東洋医学的にはこの肝と脾を調整することで、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状は改善していくと考えられます。
具体的には、三陰交穴(脾経)や血海(脾経)、肝兪穴(膀胱経)や太衝穴(肝経)、行間穴(肝経)、曲泉穴(肝経)などのツボを上手く使うことで、不調を解消出来る可能性があります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の重症例では、投薬と併用することが最も有効ですが、軽症の方であれば鍼灸治療のみでも十分に妊娠・出産が可能です。
投薬だけでは十分な効果が出ないという方や、 出来る限り投薬に頼りたくないという方は、一度ご相談下さい。
追加情報
・ミオイノシトールのサプリメントで多嚢胞性卵巣症候群が改善することがあります。
・ビタミンDを補充することで、卵胞の成長が良くなります。
・耐糖能異常は血液検査で知ることが出来ます。
・レトロゾールは専門病院なら比較的手に入りやすい。
・日本人は肥満による多嚢胞性卵巣症候群は少ない。
・高脂肪食は多嚢胞性卵巣症候群になりやすい。
・地中海食(魚・果物・オリーブ油・未精製穀類)で多嚢胞性卵巣症候群が改善。