外傷性散瞳の鍼灸治療 府外在住 会社員 30代女性
患者:府外在住 会社員 30代
病名:外傷性散瞳
症状:視力低下 散瞳による羞明 乱視 白内障
経過
休日に外出していた際、飛来物が前方から右目に衝突。
まぶたではなく直接目に衝突した為、休日診療をしている眼科を受診した。
角膜周辺部に外傷があり右目眼底部に出血も見られたため、経過を見ながら角膜部の消毒や抗炎症の点眼、更には眼底部の出血を減らすためにレーザー治療を受けていた。
受傷後1か月経った頃から羞明が気になりだしたそうです。
その他の症状も含め5カ月以上経っても上記症状が改善しなかったため、その他の治療法を探していて当院のHPを見付けて来院(受傷後約6カ月)。
初診
この患者さんは受傷後1か月頃から羞明が気になり出したとありますが、これは視機能が徐々に回復したからで、急に症状が悪化したわけではありません。
外傷の場合にはこうして回復とともに症状が現れることがありますし、勿論回復の際に起こる炎症や瘢痕化などで実際に悪化する場合もあるため、開業鍼灸師としては難しい点もあります。
またそもそも眼科での診断が正しいかも含めての診察・診断が必要になります。
更に外傷治療では、前提条件として鍼灸治療の適応であるかどうか、そして回復可能な時期であるかどうかが問題になります。
そこでそうしたことも踏まえての診察や診断をしていくことになります。
先ず眼科での診断では、外傷がきっかけで不完全な動眼神経麻痺が起こっているとのことでした。
動眼神経は眼球の外側にある外眼筋を支配し、多くの眼球運動や視機能に関係している神経です。
また動眼神経は瞳孔を小さくする瞳孔括約筋を支配している為、動眼神経麻痺になると瞳孔が開きっ放しになる散瞳という症状が見られます。
眼科の診断ではこの動眼神経が不完全に麻痺しており、その原因は神経の断裂などの外傷ではなく、栄養血管の循環障害が原因だろうと言うことでした。
この診断には少し疑問があった(※後述)のですが、通常は循環障害を疑う場合、それ以外の要素に関しては諸検査で除外を行っているはずです。
そのため、循環障害が原因であるなら回復が見込めますので、最初から期間を定めて鍼灸治療を開始することにしました。
更に症状にあるように、散瞳による羞明以外にも、視力低下や乱視、白内障が見られましたが、これらは角膜損傷に伴う炎症が原因だと思われました。
来院時には、これらに対してステロイド点眼薬や消毒作用のある点眼薬を受けていました。
また瞳孔括約筋が副交感神経支配であるため、副交感神経作動薬であるサンピロを点眼していました。
神経機能が正常で瞳孔の周辺部に損傷がなければ、この点眼薬で瞳孔が小さくなるはずでしたが、初診時には全く効果は見られていませんでした。
鍼灸治療
鍼灸治療は、動眼神経の栄養血管に対する循環促進を目的として施術を開始しました。
約1か月間、週2回の施術をしたのですが、やや見やすさは改善したものの、羞明に関しては改善が全くみられませんでした。
またサンピロが相変わらず全く効果を示さないことと、眼科医の診察では炎症が見られないという割にはステロイド点眼が長期間続いていたことなどから、セカンドオピニオンの提案をさせて頂きました。
セカンドオピニオン後の経過
患者さんには初診の際にもお話しましたが、動眼神経麻痺である割には散瞳以外の症状があまりにも希薄です。
動眼神経は、その他の外眼筋を支配する神経と違い、非常に広範囲に渡って運動神経としての働きをしています。
動眼神経は眼球の内側にある3つの筋肉を支配していると共に、瞳孔の収縮をする瞳孔括約筋、更にはまぶたを挙げる働きをするミューラー筋の支配神経でもあります。
そのため動眼神経麻痺の方は、眼球運動が麻痺することで斜視や複視(物が二重に見える)、瞳孔が収縮しないことでの散瞳(羞明)、更にはまぶたを挙げることが出来ない為に眼瞼下垂まで起こしてしまいます。
以前交通事故でご来院されていた動眼神経麻痺の患者さんは、この全てが当てはまっていましたが、今回の患者さんではそれらの症状がほとんど見られず、動眼神経麻痺の症状としては散瞳だけが見られていました。
ただ診断自体が不完全麻痺だったことと、私自身がこうした散瞳だけという症状の方を見たことが無かったため、そういうこともあるのかと治療を引き受けた経緯がありました。
そこで最初から、期間を定めて(2カ月)の治療開始となっていました。
治療開始から約1カ月が経ったところで、白内障とステロイド点眼の関係性も気になったことと、瞳孔周辺部の組織自体の損傷が気になったため、セカンドオピニオンを強く勧めることになりました。
結果としては、大学病院での診察の結果、次のようなことが分かりました。
これは患者さんから送って頂いたLINEのそのままを転載したものですが、こちらの文面を見て頂いた通り、非常に聡明な方ですので一目で状況が把握出来ました。
つまり今回の場合には、外傷で瞳孔を収縮することや水晶体を調整することが出来なかったのであり、動眼神経麻痺ではなかったということです。
そこで大変残念ですが、これ以上の回復が望めないものと判断して、患者さんとの話し合いの末、鍼灸治療を中止することとなりました。
今回の症例は多方面に渡って示唆に富んだ症例であり、患者さんにも治療家にも是非見て頂きたい症例だと思っています。
私自身にも大いに反省する点がありますので、戒めとして症例を報告したいと思います。