脾虚と網膜色素変性症のお話【東洋医学と眼科疾患】
東洋医学と網膜色素変性症
西洋医学が中心の現代では、脾虚(ひきょ)という言葉にはあまり聞き馴染みが無いのではないでしょうか?
脾虚というのは、東洋医学で中心となる「五臓」という考え方に基づいたもので、「脾」という臓が弱っていることを表します。
五臓には「肝」「心」「脾」「肺」「腎」という5種類がありますが、その中でも「脾」の役割はとても重要です。
脾は五臓の中心に当たる存在で、後天的な生命力を主(つかさど)ると言われています。
東洋医学で考える時には、上の図の様に脾の働きを中央に据えて考えると、とてもイメージがしやすくて便利です。
脾は現代医学で言うところの消化器との関係が深く、消化吸収したものを後天的エネルギーに変える働きをしています。
脾の働きで作られたエネルギーは様々に形を変えますが、その中でも血(血液のようなもの)に換えられたものは、肝に蓄えられます。
この辺りは、消化吸収された栄養素が小腸から吸収されて肝臓へと運ばれる現代医学と通じるものがあります。
脾虚と網膜色素変性症
後天的なエネルギーが脾によって作られていることから、脾が弱って後天的エネルギーが作られなくなると、体の各所に負担が掛かるようになり、慢性疾患の発病に繋がるとされています。
眼科疾患の場合にも、脾によって作られた血が肝に蓄えられ、更に肝に蓄えられた血が目に届くことで正常に機能すると考えられていますので、脾の働きが弱って肝に血が蓄えらなくなると、目の働きが低下して眼科疾患になると考えます。
網膜色素変性症はその典型的なもので、東洋医学的に患者さんの状態を診てみると、脾虚の方が非常に多いことが分かります。
また脾虚には直接的な脾虚と、他の臓からの影響で弱ってしまう間接的な脾虚があります。
直接的な脾虚には、飲食の不摂生や思慮過度(思い煩い・ストレス)などがあり、こうした状態を避けるだけでも、東洋医学的には網膜色素変性症の進行に対して、一定の働きをするものと考えます。
恐らく病院などでも、「ストレスを溜めないように!」などと言われたことがある方は多いはずです。
こうした直接的な脾虚に対しては、目に対する局所的な治療以外に、東洋医学的な治療として脾や胃と関係がある経絡や経穴を使用します。
直接的な脾虚の方の特徴は、小さい頃から痩せ型で胃腸虚弱、冷え性で自律神経失調気味、手足が細く運動が苦手な方が多いようです。
こうしたタイプの方は、眼科疾患が悪化しやすいフラマー症候群にも当てはまる部分も多いため、特に注意が必要です。
結果的に起こる脾虚の場合にも、局所的な目の治療以外に脾虚とその原因になった臓腑の治療が必要になります。
基本的に眼科疾患の鍼灸治療では、局所である網膜や視神経の循環状態を良くすることが重要なのですが、網膜色素変性症のように慢性的に進行する眼科疾患においては体調管理も重要になります。
何故なら、体調不良が積み重なることで結果的に局所の健康状態が害されることがあるからです。
末梢の血液循環は全身状態を密接に関係する為、西洋医学で言うところの基礎疾患の管理がとても重要で、そうした体調管理が10年単位での網膜や視神経の状態に影響を与えています。
脾以外の四臓の状態も目に影響する
脾以外の四臓である肝、心、肺、腎の状態も、目には大きな影響を与えています。
特に慢性的に進行する眼科疾患である網膜色素変性症では、体調不良全てが結果的には眼科症状の悪化に繋がるのです。
肝は精神的なストレスと深い関係がありますし、脾で作られた血を蓄える性質上、眼科疾患とは密接な関係を持ちます。
肝は脾の調子を左右すると言っても良いほど、脾に影響力を持っています。
そのためストレスは脾の働きを鈍らせ、血を作れない状態にしてしまうことで、網膜色素変性症を悪化させることになります。
肝が健やかであれば、脾も健やかになりますので、結果的に網膜色素変性症も悪化せずに良い状態を保ちやすくなります。
また肝は血液凝固に対して影響しており、肝の不調が起こると血が固まりやすくなります。
固まりやすくなった血液は、毛細血管などの微細な部分を通り抜けにくくなりますので、網膜などでは循環障害の原因になります。
肝が健やかだと血液循環がスムーズになります。
心は血を統べる機能を持っており、更に精神的なストレスは最終的に心に影響を与えていると言われてます。
そのため様々なストレスが最終的に心に影響を与えると、血液循環にも影響を与えるようになります。
また目の機能とも深い関係があり、器質的な変化が起こっていない状態でも、心に不調があると見え方にも影響が出てしまいます。
眼科では進行していないと言われるのに、何か見えにくい感じがするし、映像がハッキリしないという時には、心の影響を考えて鍼灸治療を行います。
肺の働きも脾の働きに影響を与えています。
肺は水分代謝の最初の段階に影響を与え、脾の働き全体にも強く働きかけます。
肺が弱ってしまうと脾は正常に働くことが出来ず、水分代謝が悪くなってしまいます。
網膜に起こる浮腫などには、この肺の影響もあると考えらます。
腎は先天的な生命力を主り、脾の先天的な生命力の根源となります。
そのため腎が弱くなると脾も弱くなり、機能を果たすことが出来ません。
また東洋医学で考えるエネルギーの根源は腎にあることから、腎精と呼ばれるエネルギーが無くなると、目の機能も果たすことが出来なくなります。
腎はあらゆる慢性疾患と深い関係があり、腎が弱るとあらゆる疾患は悪化してしまいます。
そのため腎を健やかにするということは、東洋医学では最も大きなテーマとなっていますし、それは眼科疾患でも例外ではありません。
こうして五臓全てが目と直接的または間接的に関係していることから、東洋医学では全体的な治療(全身治療)を重視しているのです。
当院では、眼科医や西洋医学が見逃しがちな体調不良と眼科疾患の関係を正すことで、10年後、そして20年後も視力や視野を保つことを目標に鍼灸治療を行っています。